7月下旬、突然中学校の英語の恩師から電話が入った。最近どうしているかという。そういえば、数年前に東大病院の玄関でばったり会って以来だった。
早速日程調整し、夫婦で諏訪にお邪魔することになった。諏訪湖の花火大会は8月15日なので、その直前の13〜14日の一泊は何とか宿も取れ、千葉発着の特急あずさの席も確保できた。
この先生のことを書き始めるといくらでも書くことがあるくらい、とてもお世話になったし、この先生との出会いがなかったら、英語教育の道に進むことはおろか、もしかすると街のゴロツキで終わっていたかもしれない。私だけでなく、当時お世話になった他の生徒たち(主に悪ガキたち)も強烈な影響を受け、生徒たちからは「幸子」と慕われていた。
幸子さんが予約してくれた、上諏訪の素敵なフレンチレストラン「トロアヴァーグ」さんで待ち合わせ。戦車みたいなベンツで現れた幸子さんは、まったく変わっていない。とても85歳には見えない。毎回会うたびに思うのだが、魔法の薬でも飲んでるんじゃないかと思うくらい変わらない。昔、股関節を痛めて手術して以来、ずっと杖をついてびっこだったが、再度手術してからは杖もびっこもなく、ピンピン歩いているという。
美味しい料理を食べながらいろいろな話に花が咲き、これまで聞いたことのないようなおもしろい話も聞くことができた。
小学校の同窓会をきっかけに、当時いつも椅子から蹴り落としていた隣の席の男の子が既に他界したと聞いて、懺悔のために実家を訪ねていったら、同級生が亡き主人の墓参りに来てくれたと涙されてさらに罪悪感が深まった話。
現人神である天皇陛下は、飯も食わず小便も糞もしないで、どうやって生きておられるのかと田舎の子どもたちが頭を寄せ合わせて不思議がっていると、都会から疎開してきていたお嬢さん学校の生徒が、「あんたたち、馬鹿ねぇ。二人も子どもがいると言うことは、天皇陛下だってオ○○コしたってことなんだから、人間に決まってるじゃない!」と言い放たれ、一同そのまま雪の上に仰向けでひっくり返った話。
私の英語教育の恩師である若林先生と、かつて文京区内の中学校でともに教えている頃、英語教育の滑稽さをネタにした漫談を作るとおもしろいのでは、何という話もあったという。ネタの一つには、日本式の日直の号令を英語に直訳して、”Stand up! Bow! Shit down!”などとやる馬鹿らしさというのがあったらしい。そうか、論文にしてもどうせ読まれるかどうかわからないから、こういうのは漫談にして披露すればいいのか。英語教育コントっていう領域もありかも。
道徳の教科化が話題になったとき、フランスの友人から聞いた話では、あちらでは小学校から「哲学」という授業があり、人間の基本的な考え方や思索について授業をするのだという。転じて我が国の「道徳」は、徳目を教化するのが中心。人間としての「芯」となる哲学を学ぶことによって形成しようとする国と、お上が選定した徳目を感化涵養せしめようとする国と、どちらが本当に国民が幸せになれそうか、どちらが本当に「人づくり」をしようとしているか、なんていう話も。
幸子さんは中学1年のときに終戦を迎えた。それまで偉そうに威張っていた教師や周りの大人たちが、「360度どころか、720度くらい態度が急旋回」し、それまでの価値観がガラガラと崩れ落ちた。そういうことが、幸子さんの反骨精神や流されない決意、真理を追究し筋を通すこと、というような人生観を形成したのだろう、と話を聞きながら思った。
幸子さんは今でもいろいろなところで闘っている。近頃のきな臭い世相に抵抗して、平和を守ること、憲法を護っていくことにはとりわけ関心を寄せていて、これまで数回、新聞で平和に関する短歌が掲載されたこともある。
私も中学生という多感な時期にそういう強烈な教師に薫陶を受け、少なからぬ反骨精神を形成した。が、齢を重ねるにつれ、少しずつ「怒ること」「きちんと声を上げること」が面倒に感じ、受け流してしまうことも増えてきた(最近は、元号で記入を求められると、面倒なのでそのまま記入したりしてしまう)。
久しぶりに過激な恩師とじっくり話をすることで、流されてはいけない、声を上げるべきときには、機を逸せず、しっかり声を上げねばならないなと自省した。