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午後の語研での検討会の前に、こんなセミナーに来てみました。向後さんの話だけ聞いて失礼する予定ですが。
それにしても渋谷のど真ん中場所を借り、人員や準備にも相当金がかかっていそうなのに参加費無料。スゴイな。
見回したところ、あまり英語教育関係の学会や勉強会で見かける人はいませんが、私のような不純な動機で参加している者を除くと、どういう人がどういう動機で参加してるんでしょう?
以下、追記。
グローバル・コミュニケーション&テスティング(GC−T)という業界団体主催のセミナーで向後氏の講演「日本の英語教育改革への期待と指導者に求められること」。教科調査官の任が解け、立場が変わってとても伸び伸びと自由な切り口でしゃべっていた。
全体として、教師のがんばりに期待するメッセージ。ポイントは以下の通り。一部はスライド通りだが、一部では表現の言い換えあり。
1.下位層の生徒をいかに引き上げるか
2.今後の10年間で世界標準に届かねば先行きは暗い
3.技能統合型のタスクによって5領域の総合的な英語力を育成する
4.英語教育改革を可能にする条件を整える
5.英語教師自身の英語力と英語使用を改善
下の二つについて質問。
1)これだけ「英語は英語で」が叫ばれても、英語だけでできるもんかとか、生徒の反応も見ずにただ闇雲に「オールイングリッシュ」でやっていたり、一体、どこでボタンを掛け違えたのか。
2)高校の教科書の難しさが障壁になっているという話が出たが、文科省としては教科書検定などでこの問題に対策を講じる考えはないのか。
1)については、英語力以外でも、英語で英語を教えることについて、教師に経験が不足している。もっと長期研修などを整備して、経験を積める環境を提供する必要がある、という回答で、私の質問の主旨説明不足だったかも。
聞きたかったのは、なぜ英語を使って教えることについて、頑なに反発する学者や教員がいたり、逆に何でも英語でやればよいと勘違いしている思慮不足の教員が出てきたりするのか、文科省の方針が理解されないことの背景を聞きたかったのだが。
2)については、もとより教科書検定ではそれほど意図を持って教科書の内容を操作できるような制度ではないという前提のもと、一つの可能性としては文法シラバスでは検定に通りにくくするなどの対応は考えられる、という回答。
これは講演の中で話題になったことについて質問したまでで、問題の所在は、「高校ならこれくらいのレベルでなけりゃ」という高校教師の思い込みと見栄が問題だというのはわかって聞いた意地悪質問。
見たところ、持っている鞄や服装空推察して、現場教員よりも、関係業界の人間の方が多い気がした。
冒頭の向後氏の講演と質疑応答が終わった瞬間に退席するという、大変失礼な参加態度はお詫びします。
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