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フエ最初の朝

(March 12, 2004)

フエ最初の朝は、ドラゴンボートレースのドラの音で目が覚めた。テラスに出てみると、Huong川にはうっすらと朝靄がかかり、すがすがしいリバービューだった。金曜日の朝だというのに既に大勢の人が船に乗って集まってきており、スピーカーからは何やら実況放送が流れていた。
妙にまぶたが重いので鏡を見てみると、寝ている間にまぶたを蚊に食われて見事に腫れ上がっていた。まぶたを蚊に食われるのは、指を食われてロボットのように腫れてしまうのの次に嫌いだ。小学生の頃は、まぶたを蚊に刺されて腫れぼったくなった日は、真剣に学校を休もうかと思案したものだ。
前日も蚊と闘っていた。客室からのモデム経由の接続がうまくいかず、仕方なくロビーの隣にある「ビジネスセンター」(というにはおこがましいが、ロビーにつながっている広間のような一角にパソコンが並んでおり、そのうちの1台がモデムで接続されていると言うだけのもの)の回線を乗っ取って自分のPowerBookにつなげてメールをチェックしていたのだが、メールの返事を書きつつ、飛んでくる蚊を振り払い、血を吸わんとするやつをたたきつぶし、必至にかゆみをこらえてのメール書き。終わった頃は足のあちこちを何カ所も刺されている有様。
そういえば、前夜体温計を取りにフロントに降りていったとき、ホテルの兄ちゃんはフロントの向こう側の床の上で、蚊帳を吊って寝ていた。今度フエに来るときは、蚊帳を持参するか、電池式のノーマットを持ってくることにしよう。

Posted by Yoshi at 05:53 PM

バイク駐輪場の流儀

(March 12, 2004)

フエ第二日の朝は、再びバイクに乗って昨日の学校へ行き、Tienがコンピュータを利用して行う英語の授業を見学する予定だった。しかし前夜の高熱の後だったので大事をとり、昼頃Tienが戻るのをホテルで待つことにした。そのころまでには熱もすっかり治まり、なんとか出かけられる状態だった。
迎えに来てくれたTienのバイクの後ろに乗り、まずは元朝宮殿の遺跡へ向かった。
大きな土台に大きな国旗が掲揚されているフラッグタワーは遠くからもよく見える。その向かい側に宮殿遺跡の入り口がある。そこの脇の空き地が有料の駐輪場になっていて、バイクが整然と並べられていた。空いたスポットにバイクを止めると、係員の兄ちゃんがやってきて紙の札に番号を書いてTienに渡し、バイクのシートにもチョークでその番号を書いた。バイクを磨きまくっているような日本のライダーだったら腹を立てるかもしれないが、ここではどこの駐輪場でもたいていチョークでシートに印を記入するようになっている。ちょっと拭けば消えてしまうから、荷札などつけなくても良いので大変合理的である。

Posted by Yoshi at 05:54 PM

グエン朝王宮遺跡

(March 12, 2004)

入り口で入場料を払おうとすると、ベトナム人と外国人は料金が異なっていた。外国人向けの料金はべらぼうに高い。おまけに入り口までベトナム人と外国人は別になっている。
門をくぐると、両側が蓮池になっている大路があり、突き当たりに宮殿?が建っている。宮殿自体はそう大きなものではなく、18世紀の建築なので大して古い建物でもない。雰囲気は、同じ南方系の文化だけに、沖縄にある琉球王朝の建物に通じるものがある。
その建物を通り抜けると、がらんとした野原になっていて、その中央にぽつんと石造りの塀があった。近づいてよく見てみると、あちこちに銃弾の跡と思われる穴がある。フエはベトナム戦争後半の激戦地だったから、おそらくそのときの戦闘の痕跡なのだろう。世界遺産となった王朝遺跡と現代史上希に見る規模のベトナム戦争の銃痕が、奇妙なコントラストだった。
皇帝の読書のための建物や宮廷楽団のホールのような建物など、ぐるっと散策して入り口の門に戻り、二階に上がった。正面には宮殿の全景が、後方には巨大なフラッグタワーが見える。風通しも良く、分厚い床板が冷ややかで、とても気持ちの良い場所だった。Tienは高校生の頃、ここでよく勉強や読書をしていたのだという。そのころは世界遺産になるずっと前で、ほとんどここを訪れる人もなく、とても静かな勉強場所だったのだそうだ。

Posted by Yoshi at 05:55 PM

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